2008年02月12日

武勇伝(19)

武勇伝(18)の続きっす!


―大学生篇―

「寝太郎の夏休み」

祖父の葬式以来二年ぶりに訪れた祖母の家。
祖母は足が悪くて車椅子の生活を十年以上続けてる。
私が着いた時間がちょうど祖母が夕飯を食べてたときで「ちびまる子ちゃん」を見てた。
私が来ることを前以って母親から聞いてたンで、私の分も夕飯が用意されてた。
祖母が作った夕飯を食べて、ずっとお喋りをした。
夜10時を過ぎたころ、マサキチ叔父さんが仕事から帰ってきた。
マサキチ叔父さんは洋食レストランの料理人だ。
料理を極めるため十数年あちこちを旅してたらしいが、いまは祖母と二人で暮らしてる。
私は一日中移動で疲れてたが、マサキチ叔父さんの武勇伝が面白いンで夜遅くまで話を聞いた。

○月○日
T子叔母さんが祖母の様子を見に、小学生の子供二人を連れてやってきた。
私はヒマだったンで、その小学生の子供二人を連れておもちゃ屋へ行った。
私はいま流行のゲームの話をしたが、二人ともそのゲームを知らなかった。
おもちゃ屋で実際に現物を見せようと思ったがゲームそのものが置いてなかった。
…つうか、取り扱ってる商品が一昔まえだ。
玩具コレクターに売れば高値がつきそうなモンがゴロゴロあった。
ただ保存状態が良くないようでその分値が下がりそうだが…。
私は子供二人に欲しいモン買ってやるから好きなモン持ってこいと偉そうなことを言った。
子供二人はそれぞれ二、三千円くらいのおもちゃを持ってきた。
私らが祖母の家に帰ってくると、T子叔母さんが「お兄ちゃん(私)におねだりしたンでしょっ!!」と子供二人を叱りだした。
そしてT子叔母さんは「ごめんなさいねぇー。」と私に壱万円をくれた。
子供二人には申し訳ないことをしてしまったが、私は五千円ほど所持金を増やした。

○月○日
ノボル伯父さんが祖母の様子を見に来た。
ノボル伯父さんは「大学の入学祝いだ!」と言って、私に壱万円をくれた。

○月○日
私は冷凍庫にイカが丸ごと1杯入ってたのを見つけた。
祖母に話したら、マサキチ叔父さんが買ってきたモノだが、本人も忘れてるだろぉーから二人で食べようということになった。
祖母にイカの捌き方を教わり、そして刺身にしたイカを二人で食べた。
マサキチ叔父さんが仕事から帰ってきた。
イカが無くなってることに気づき、私はめっさ怒られた!!

○月○日
私はヒマでヒマでゴロゴロするのもつまらないンで、一人でK子伯母さんの家に遊びに行った。
K子伯母さんの家は食料品を扱うお店で、周りにコンビニがないから、地元のヒトたちはここを利用する。
いままで気にしたことなかったが、K子伯母さんの娘さん(従姉妹)たちは美人四姉妹であることに気づいた。
私はK子伯母さんの次女、ユカリお姉さまとドライブの約束をした。
私はK子伯母さんの家族と一緒に夕飯をご馳走になった。
マサキチ叔父さんが迎いにきて、K子伯母さんが別れ際にお小遣いを五千円くれた。

○月○日
ユカリお姉さまが、せっかく上五島にきたのだからと、クルマで島内の名所をあちこち案内してくれた。
めっさ美人の助手席に座れてシアワセな気分を味わいまヒたぁ。

○月○日
祖母がK子伯母さんの畑でとれたジャガイモをうすくスライスして、パリっと揚げてポテトチップスを作ってくれた。
祖母が作ったポテトチップスはお店で売ってるポテチよりも何十倍も美味しかった。

○月○日
ノボル伯父さんが祖母の様子を見に来た。
ノボル伯父さんは「そういえばまだ入学祝い渡してなかったね!」と言って、壱万円とタクシーのサービス券をくれた。

○月○日
もう夏休みも残り少なくなってきたンで、我が家へ帰ることにした。
祖母とお別れの挨拶をして、マサキチ叔父さんのバイクで二ケツして榎津港へむかった。
歩くとかなりの距離だったがバイクだとあっという間に港へ着いた。
私は客船に乗船し、マサキチ叔父さんとお別れした。
なんつぅーか、皆さんとの別れを実感した。

そして…財布を覗くと、上五島に来たときよりも私の所持金が増えてたwww
つづく


posted by ひかわなる at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 自伝
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